鉄道と旅行と日々のことがらの日記

鉄道と旅行と日々の出来事で思ったこと考えたことを書いています。

仙山線・作並駅と交流電化について

今回は作並駅に関わる歴史について書いています。

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作並駅

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作並駅は、仙山線にある駅です。仙台駅から11番目の駅です。

駅を出て国道48号線にでると、通称ゴリラ山(正式名:鎌倉山)が見えます。

f:id:freshverdure:20161118230838j:plainホームのりば説明

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山形方面は1番線ホームです。

仙台方面は1番線ホームに出たら右に曲がってまっすぐ歩き、

ホームの端にある踏切を渡った2番線・3番線ホームです。

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1番線ホームには、このような記念碑があります。

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昔、JRが国鉄という組織だった頃の話です。

輸送力の強化、輸送方式の強化、経営の改善を目指して、全国の主要路線を蒸気機関車から電気機関車・電車へと移行する「電化計画」を昭和30年に発表しました。

そこで、輸送密度の低い路線でも設備の面で経済的に有利である「交流電化」が、実用化できるかを仙山線で試験することになったのです。

試験の結果、実用化が可能であることがわかり、交流での電化が開始されることになりました。

そういった意味で仙山線は歴史的に重要な役割を果たした路線なのです。

 

作並駅には蒸気機関車の方向転換をするための装置=「転車台」がいまも残されています。駅の東端の奥、保線エリアにあるため、ふつうは近づくことはできません。

仙台駅に向かう電車の窓から、ちょっとだけ見えました。

電柱の奥、鉄棒の構造物がそうです。

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ここから、ちょっと脱線します。

 

仙山線交流化試験のときに

使われた電気機関車利府町に今も残されています。

ED91-11

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もとは、ED45-11というナンバーが着いていました。

記号変更でED91-11になったそうです。

試験終了後も仙山線で活躍したそうです。

 

作並駅にある説明版であるとおり最初ED44-1の電気機関車から試験が開始しましたが、こちらは第2次試験車として製造され、この試験で培われた技術で新しい電気機関車が開発されました。

 

ED91-11は

利府町の森郷児童遊園というところにあります。

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これら2枚の写真は、以前に利府駅に行ったときに、ちょっと足をのばして行ってみたときのものです。

 

脱線終わり。

 

 

交流電化という鉄道の技術ですが、

今ではまったく当たり前のようになっていますが、

多くの人たちの苦労や知恵があり、

技術を積み重ねていったことで成り立っているのですね。

 

見過ごしてしまいがちな小さな記念碑と説明版ですが、

新しい事実を知ることができてよかったと思いました。

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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